話は聞いてくれるんだけど、届いてないみたいなんだよね……。
本当に辞められるんじゃろうな……?
全肯定・全改善
「情の空間」での話し合いが始まった2者面談。
「情の空間」というのは、
【人は、自分の視界に入らないところの存在を「恐怖」と感じ、真正面の存在を「理性」で捉え、左右斜めの存在を「情」で感じる】というもの。
私は部長の右斜めに座らせられましたから、見事に「情の空間」で操られることになった。
「何か、心配事があるって、聞いたけど?」
どんな感じで来るんだろう……と思ったら、ものすごく優しい声色で、なだめるように言ってきたんです。
「何てめぇ辞めるとか言ってんだよ?ぶっ〇すぞ?ああ!!?」
ってくることも想定していましたから、拍子抜けしてしまいました。
もちろん、これも黒井部長の作戦なのですが、この時は見事にその作戦にハマっていたんです。
「心配事、って言うか、会社、辞めたいんです。」
ついに、ついに言ってやったぞ!!がは!がはは!
「そうか……、何か、辞めたい理由があるのか?」
面談前、同期の若井社員と色々打ち合わせて来ました。結局のところ、最後に「でも辞めます」って言えば勝てる。そこさえ曲げなければ、勝てる。という結論に私たちは達していました。
だから、話がどんな内容になろうとも、最後に「辞めます」さえ押し通せば、退職を勝ち取れる。そう思っていました。
「残業多いし、土日は絶対休めないじゃないですか。シフトの時間もバラバラで、生活リズムなんて無いし。これがずっと続くと、体力的に厳しいのかな、と。」
そう私が言うと、
「そうだよな。店長だから残業は多くなるし、土日は稼ぎ時だからなぁ」
うんうん、と舞台俳優のような大きなアクションを付けてうなづく黒井部長。
「でもな、これからはもっと残業は減らせるし、土日のどっちかは休めるようにできるぞ?」
えっ……?マジ……?どうやって……?
「スタッフのシフトをもっと増やして、まじめが休めるようにすればいい」
そんなこと、できるの……?
「深夜のシフトだけに固定すれば、生活リズムも作れるだろ?」
あっ、確かに。大丈夫そう。
私の意見を肯定し、全て受け入れてから、「改善できるから大丈夫」と一蹴する。それをただただ繰り返す会話が続きました。
以前、古井部長補佐に辞意を伝えたところ、「自分で限界を決めるな」と言われましたが、このラスボス黒井にも同じことを言われました。
「まじめ、自分の限界をな、自分で決めちゃだめだ。もう少し頑張ってみて、限界の殻を破ってみろ!」
自分が限界だと思ったから限界なんろうが。というか限界を超えたから、限界だと気付けたんだろうが。
しかし、その時の私は、「コイツ、何を言っても『改善する』の一点張りで聞かない……。でも、本当に改善してくれたら、辞めなくても良いんじゃないかな?」と思ってしまいました。
あれだけ毎日辞めたい辞めたい言っていた私の心を、心理テクニックと話術で押さえ込んだ黒井部長。さすがだわ。
そして、私の退職を止めるための最終兵器がまだ隠されていたことを、この時の私はまだ知らなかったのです。